東京高等裁判所 昭和28年(く)133号 決定
よつて按ずるに、佐原区検察庁が昭和二十七年十一月二十日抗告人に対する公職選挙法違反被告事件につき、佐原簡易裁判所に略式命令の請求をなし、同裁判所が同月二十六日抗告人を罰金五千円に処する旨の略式命令を発し、その謄本が郵便送達により横浜市鶴見区本町二丁目五十六番地において横山義男に交付せられたことは抗告人に対する公職選挙法違反被告事件の記録に徴し明らかである。而して右記録中の郵便送達報告書には受送達者不在の為め同居人横山義男に交付した旨の記載があつて、一見右送達は適法になされたものの如く見られるのであるが、本件記録に編綴せられた木内くに及び横山義男の各提出した証明書と題する書面、抗告人の検察事務官椿弘之に対する昭和二十八年八月六日附供述調書及び横浜市鶴見区役所より副検事原田寛宛同年七月二十三日徴収金に関する回答書によれば、抗告人は右送達報告書に記載した場所に居住したことなく、横山義男とは同居その他何等の関係がないこと明らかである。而して千葉県香取郡豊里村長宮内清治郎作成の抗告人の身上調書に関する回答書と本件略式命令請求者及び略式命令謄本とを対照し、なおこれと横浜市鶴見警察署の昭和二十八年八月十三日附佐原区検察庁宛回答書とを綜合して考えると、抗告人の住居は肩書本籍地と同一場所であるのに、略式命令請求書に誤つてその出生地である千葉県香取郡橘村羽計千六百二十九番地を住居として記載し、略式命令もまたこれと同じ誤りを犯した結果偶々右橘村羽計に本籍があり且つ抗告人を同姓である横浜市鶴見区本町二丁目五十六番地木内くに方に誤配せられ、その同居人である前記横山義男がこれを受取つたものと推認せられ、記録を精査しても叙上認定を覆すに足る資料はないから本件略式命令謄本は適法に抗告人に送達せられたものということは出来ない。原判決はおそくとも検察官から罰金納付の告知があつた時から、正式裁判請求期間を起算すべきであるというが、略式命令の効力発生要件たる告知は通式な送達によるべきものであるから、これを以て本件略式命令の送達があつたものとは認められなかつたこと勿論である。然らば他に適法な送達があつたことを認められない本件にあつては、昭和二十八年法律第九号刑事訴訟法を改正する法律附則第七項及び第八項により、公訴の提起はさかのぼつてその効力を失つたものというの外なく、抗告人は略式命令の取消その他何等かの裁判を求めるまでもなく、罰金納付の義務なきものであるから、その執行を受けた場合に執行に対する異議の申立をするのは格別、略式命令に対し正式裁判の請求をする必要は存しないのである。
然らば原決定が昭和二十七年十一月三十日抗告人に対し略式命令謄本の送達があつたことを前提として抗告人の正式裁判請求権回復の申立を却下したのは、その理由において明らかに失当であるけれども、本件は正式裁判の請求をなすべき場合に該当しないこと以上説明のとおりであつて、抗告人の本件抗告は結局その理由がないことに帰するから、刑事訴訟法第四百二十六条第一項に従い本件抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。